この巨大なホーカーセンターは、1970年台にオープンし、直近2020年のリノベーションを経て今に至るまでずっと、食に対して気まぐれで口うるさいシンガポール人たちの味の好みに応え続けてきている。IKEAができるまではそこまで賑やかとは言えない街だったジャラン・ブキ・メラという若干シティから離れた位置にあるにもかかわらず、気取らないローカルフードを求めてたくさんの人が訪れており、特に週末ともなればシンガポール中から人が押し寄せる。
ところで、このホーカーがなぜ「ABC ブリックワークス」という名前を冠しているかをご存知だろうか?一説によると、アーキペルゴ醸造所(Archipelago Brewery Company)とレンガ工場(Brickworks)が近くにあったから、というのがその理由とされている。醸造所も工場もなくなってしまったが、地元の人々は愛着を持ってこのホーカーを「ABCマーケット」と呼び続けている。
このホーカーに初めて訪れたら、間違いなくその巨大さとストールの多さにたじろいでしまうかもしれない。そんな人は、ぜひ地元の人たちの行列を探すことをオススメしたい。
ABCマーケットで外せないストールといえば「Wow Wow West(ワウワウ・ウエスト)」だろう。愛らしいカップルがオーナーのこちらのストールは、20年以上にわたってシンプルながらも味わい深いウエスタン料理を提供し続けている。メニューは10種類程度、なかでも人気のメニューは「チキンチョップ」, 「フィッシュ&チップス」, 「ソーセージ」だ。ランチタイム・ディナータイムのながーい行列をABCマーケット内で見かけたら、それは彼らのストールから伸びているものと思って間違いない。
シンガポール・ホーカーフードの定番といえば、豚ひき肉が入った麺料理「バックチョーミー」だが、ここ「Hosay Mee Pok(ホセイ・ミー・ポー)」のバックチョーミーは中でも格別だ。たった6ドルで、あなたのシンガポール・ミー・ポーの概念は覆ることだろう。コシのある麺は、豚のスライス・ひき肉・しっかり焼かれた豚レバー・ホタテ・あさり・小魚といったたくさんの具材と最高のマッチングで楽しませてくれる。少し肌寒い日にぴったりのお粥やシーフードスープもメニューとして取り揃えており、これらもぜひ試していただきたい逸品だ。
ホーカー内を歩いていて、ひときわネオンサインが明るいストールを見つけたら、それはおそらく「Tofully(トーフリー)」だろう。彼らは中国ハッカ地方のタウフー料理(茹で上げた野菜・きのこ・魚・豚ひき肉の盛り合わせ)を現代風にアレンジした手作りタオフーを提供するストールだ。メディアコープ(シンガポールでもっとも大きなTV番組制作会社)の「ホーカーアカデミー」シリーズで優勝経験もあるオーナーのケイスさんは、ホーカー文化に一石を投じたいという想いでこのストールを経営している。看板メニューの「Tofully Bowl(トーフリー・ボウル)」はラーメンによく似た食感の最高級麺を使用し、風味が際立つように調整された材料と共に盛り付けられて提供される。
スパイシーな料理に目がない人たちにもABCマーケットはオススメだ。スパイシーなハラル料理のストールを大量に有しているからだ。ナシレマやミーゴレンといった定番メニューはもちろんのこと、ナシパンダンやインド-パキスタンのバラエティ豊かなカレーまで、多種多様な、ハラル料理全てと言っても過言ではないほどの種類を揃えているのがここABCマーケットなのだ。「Mohd Zaid Kueh Mueh(モハド・ゼイド・クエ・ムエ)」のマレー・クエクエ(甘いお惣菜スナック)は、その中でもぜひ一度は試して欲しいストールだ。
なんの説明もないこのストールは見逃されがちだが、試して後悔は絶対にないはずだ。毎日手作りされており、開拓される前の東南アジアの古き良き時代を懐かしむことができる品が揃っている。0.6ドルから売られる、お手頃を通り超えて「激安」価格なので、たくさんの種類を楽しむことも容易だろう。種類が多すぎて選べない…!という人は、このあたりから初めて見るのはどうだろう。
- クエ・ダダ(ココナッツパンケーキロール)
- ゴレン・ピサン(揚げたバナナ)
- サルディーン・エポク・エポク(鯖のパイ)
- ポピア・ゴレン・サユール(揚げ野菜の春巻き)
フードコートから2階に上がると、服・日用品・インスタントフードやスナックを売るお店が現れる。いくつかのお店は植物を売っていたりもする。エアコン完備のショッピングモールとは異なり、これらの昔ながらのショップはお父さん・おじいちゃん世代の人々によって営まれ、近所に住む人たち向けの商品を売っている。シンガポール人ですら、若い世代の人たちには馴染みのないスポットかもしれないが、これはこれでシンガポールのホーカー文化の一面と言えるだろう。ゆったりとした時間が流れるこの場所を覗きに行ってみるもの、シンガポールをより深く知るには有効な一手なのではないだろうか。