「カレー」と一口に言っても、マレー・中華・南インド・北インド・プラナカン…などなど、挙げ始めたらキリがない、さまざまなスタイルが混在するのがここシンガポールだ。その中で、広くローカルの住民たちに愛され続けているのが「ハイナニーズ・カレー(海南カレー)」ではないだろうか。中国南部の「海南(ハイナン)」と呼ばれるエリアから移住してきた人たちが作り上げた歴史あるカレーだ。
時は英国占領下、海南出身の研究熱心な料理家たちが、海南ではかつてから食べられていたシチューのようなとろっとしたプラナカン・カレーと、イギリスのカツレツを見事にコラボレーションさせてみせた。このイノベーションこそ、いまのシンガポールに伝わる「ハイナニーズ・カレー」の始まりだった。
現在、その伝統的なハイナニーズカレーの味を継承するお店は、実はシンガポール全土でも多くはない。今回ご紹介するブーン・カレーはそんな数少ないストールの一つだ。決して有名とはいえない「レッドヒル・フードセンター」というホーカーの一角にストールを構えるこのお店は、フードガイドやブロガーから大注目を集めるようなお店ではない。周辺住民に永らく愛されながらハイナニーズカレー本来の味を守り続けているこのお店は、まさに隠れた名店といえるだろう。
店主の名前は、ブーンさんという。愛想良く、ときにユーモアを交えてブーンさんは語ってくれた。聞けば彼は、12歳のときから料理の道を歩んでいるのだと言う。
ブーンさんは、まったく異なるジャンルのシェフの下で長年修行を積み、さまざまな料理について学んだそうだ。彼の料理への深い造詣とこだわりは、修行の経験はもちろんのこと、彼の研究熱心さによるところも大きいのだろう。彼と話をしていると、彼よりももっと上の世代のホーカー店主たちのハードワーカーっぷりがシンクロする。
我々はそんなブーンさんがチャイニーズニューイヤーの準備で忙しくする昼下がりを訪ね、ハイナニーズカレーと、ブーンさんについて、より深く知るための取材を行なった。
長いよ!もう21年かな。もう50歳だからね!(笑)
最初のストールでは、フィッシュスープを売っていたんだ。その後数年して、いまの場所を引き継いで、ナシレマ(ココナッツライスとグリルチキンの、マレーシアの定食)をやることに決めたんだ。結構うまくいって、いつも長蛇の列ができてね。そのときには新聞の取材もよく来ていたなあ。ただ、あまりに忙しくて、もっと自分の専門領域はなにかを定めて、極めていきたいと思ったんだ。それがハイナニーズスタイルのカレーを売り始めきっかけだね。ハイナニーズ・カレーは、僕がいちばん最初に学んだ料理の一つだったからね。
うちのお店は、カレーもほかの料理も、ぜんぶ海南料理の技術や発想がベースにあってね。海南の人って水分多めのライスが比較的好きだから、カレーも煮込みソースも水分が多めなんだ。あと、結構出来合いのカレーパウダーを使うお店が多いんだけど、うちはぜんぶゼロから作っていてね。特製のレシピについては、もちろんあんまり教えられないけど(笑)。甘いけどスパイシー、説明しにくいけど食べてみればきっとわかってもらえると思うよ。
カレーは常時、2〜3種類作ってるかな。ひとつは昔ながらのハイナニーズカレーで、プラナカンカレーをベースにしてる。もう一つはアッサムカレーの一種で、食欲をそそる程よい酸味が特徴。最後の一つはマレーシアのカレーの「レンダンカレー」で、若いときにマレーシアのシェフから学んだ技術が生かされてる一品だね。
チキンカツレツかな。カレーチキンウイングと、野菜のカレーもよく出るね。よく「カレー多めにして、ライスをひたひたにして」ってお客さんには言われるね。それだけ僕のカレーが美味しいってことかな!(笑)
カレー・ポークリブをぜひ食べて欲しいね。独自のレシピだから他ではなかなか見つけられない味だと思うよ。アッサムカレーフィッシュもぜひ試して欲しいかな。これもオリジナルのレシピだからね。ぜんぶのメニューがそうなんだけど、誰でも食べやすいように比較的マイルドな辛さに調整して、辛いのが苦手な人にもぜひトライして欲しいね。
インタビューを終えると、ブーンさんは出来立てのウー・シアン(ひき肉を揚げた豆腐の皮で包んだサイドディッシュ)と自慢のカレーを出してくれた。ウーシアンを口に入れると、カリカリの食感と豊かな香りに続いて、ジューシーな肉の食感がやってくる。たしかにこれは美味しい!カレーに浸ったライスとの相性も抜群だ。アッサムカレーのマイルドさとスパイシーさの絶妙なバランスもまた、最高の仕事をしている。
取材の日はチャイニーズ・ニュー・イヤーが間近に迫っており、ブーンさんは常連客から注文を受けたお祝いの料理を準備している真っ最中だった。今年は、煮込んだ味付けダックにナマコ・ホタテ・さまざまなキノコなど、各種珍味を詰め込んだスペシャルメニューの注文を受け付けて、大忙しなのだそうだ。
料理への研究をやめない彼は、チャイニーズニューイヤーでなくとも、常連客に喜んでもらうために隠しメニューを作っては振る舞ったりもするらしい。最近ではかぼちゃのスープを作ったと言う。
どんなに忙しくとも、料理の研究と、お客さんを喜ばせるための努力は決して惜しまない。それがどうやらブーン流のようだ。彼の忙しい日々は今後も続くだろう。
レッドヒルフードセンターに行ったら、「ブーンさん!」とぜひフレンドリーに挨拶してみてほしい。そして、多忙な時間帯でなければ、会話を楽しんでみると良い。きっと、今取り組んでいる裏メニューについて、こっそり教えてくれるだろう。
ホーカー店主とは、シンガポールのホーカー文化を支える名もなきヒーローだ。灼熱のキッチンで疲れを知らずに働き、シンガポールの腹ペコたちを喜ばせるために労を厭わない。
そんなヒーローの一人、ブーンさんのカレーを食べに、ぜひレッドヒルまで足を運んで欲しい。
Boon Curry (ブーンカレー)
Redhill Food Centre
85 Redhill Ln, #01-62, Singapore 150085